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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)9284号 判決 1992年1月29日

原告 株式会社和創ハウジング

右代表者代表取締役 朝倉重夫

右訴訟代理人弁護士 小池通雄

被告 株式会社東京デザイン

右代表者代表取締役 真木武秀

右訴訟代理人弁護士 安田寿朗

主文

一  被告は原告に対し、金二八五〇万円及びこれに対する昭和六三年七月二七日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文と同旨

第二事案の概要

一  本件は、売買残代金の不払いを理由に契約を解除した土地の売主から買主に対し、当該土地に対して買主が違法な仮処分を執行した結果、その後に売主が締結した売買契約を解約され、手付金二五〇〇万円相当額を違約金として支払うに至り、また右仮処分に対し異議訴訟の遂行をしなければならなくなり、弁護士費用金三五〇万円の支払いを余儀なくされたとして、不法行為に基づき右合計金二八五〇万円の損害の賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実

1  原告は、不動産の売買、仲介、賃貸、管理等を目的とする株式会社であり、被告は、服装、服飾、装飾の総合デザイン及び製造、卸、小売販売等を業とする株式会社である。

2  原告は別紙物件目録記載の土地二筆(以下「本件土地」という。)を所有していたが、昭和六〇年九月二六日、次のとおり、本件土地を被告に売却する契約を締結した。

一  売買代金 金二億一八〇六万円

二  支払方法 1 契約成立時に金二〇〇〇万円

2 昭和六〇年一〇月一五日に金四〇〇〇万円

3 同月三一日に所有権移転登記手続及び引渡しと引き換えに金一億五八〇六万円

3 被告は原告に対し、売買契約成立時に金二〇〇〇万円、昭和六〇年一〇月一七日に金四〇〇〇万円を支払ったが、残金の支払いはなく、原告は被告に対し、昭和六〇年一一月二〇日付け書面で残金支払いの催告及び停止条件付本件売買契約解除の意思表示をし、右意思表示は同月二一日被告に到達した。原告は残金の支払いなく右催告期間が同月二六日経過したので、契約成立時の金二〇〇〇万円については、これを手付金として没収し、中間金四〇〇〇万円については、同年一二月二六日、被告に対し弁済供託した。

4 被告は、昭和六一年一月二八日、原告を債務者として処分禁止の仮処分命令を得て、本件土地について右仮処分命令の登記がされた。右仮処分に対しては原告から仮処分異議訴訟が提起され、昭和六三年二月二四日右仮処分を取り消す旨の判決が言い渡され、右判決は確定した。右被告の仮処分申請の理由としては、被告は本件土地を事務所兼共同住宅を建築する目的で買い受け、原告もそれを知悉していたが、前記中間金四〇〇〇万円を支払った後に、地元住民の強い建物建築反対運動の存在が分かったもので、原告は被告に対し、右住民運動の沈静化を計り、被告計画建物が建築できるようその障碍を除去すべき義務を負っており、右原告の義務は被告の売買代金支払義務と同時履行の関係にあるのであるから、原告の本件契約の解除は無効であるということが主張されていた。

三  被告の抗弁

1  損益相殺

本件土地は、三・三平方メートル当たり金二六二万円、実測面積合計二七五・一六平方メートルとして売買されたが、その後地価は高騰し、平成元年二月時点では三・三平方メートル当たり金一〇〇〇万円を下らない価額となり、全体で六億一五三五万円の多額の利益を得ているから、損益相殺により原告の損害はすべて填補されている。

2  過失相殺

被告が残代金の支払いを拒み、仮処分を申請したのは、原告が本件土地について周辺住民の建築反対運動があることを被告に秘匿し、右反対運動に何等の対処も行わなかったことによるのであり、仮に解除は有効であるとしても、原告にも過失があり、原告の過失割合は九〇パーセントを下らない。

3  相殺の抗弁

本件売買契約の際被告が原告に交付した金二〇〇〇万円は中間金であり、本件契約を解除したとすれば原告は被告に右金員を返還する義務があるが、原告はこれを手付金であるとして返還しない。したがって被告は原告に対し右金二〇〇〇万円の不当利得返還請求権を有しているので、平成二年一一月五日本件口頭弁論期日において、これを反対債権として対当額で相殺する旨の意思表示をした。

四  本件の争点

1  本件仮処分の不法行為性

2  損益相殺の可否

3  過失相殺事実の存否

4  相殺の抗弁の成否

第三当裁判所の判断

一  本件仮処分による不法行為の成否について

仮処分命令が、その被保全権利が存在しないために当初から不当であるとして、その異議訴訟において取り消された場合において、右命令を得てこれを執行した仮処分債権者に故意又は過失があるときは、右債権者は、民法七〇九条により、仮処分債務者がその執行によって受けた損害を賠償すべき義務があり、一般に仮処分命令がその異議訴訟において取り消され、債権者敗訴の判決が確定した場合は、他に特段の事情がない限り、右債権者において過失があったものと推定するのが相当であると解される(最高裁昭和四三年一二月二四日第三小法廷判決参照)ところ、本件についてこれをみると、前記のとおり、被告の原告に対する本件仮処分命令に対して異議訴訟が提起され、その異議訴訟において仮処分命令が取り消され、債権者(本件の被告)敗訴の判決が確定したことは当事者間に争いがなく、また、その取消の理由は、被告が残代金の支払いをしなかったのはその資金準備ができなかったからであり、被告が主張する住民の反対運動の存在が支払いをしなかった理由とは認められず、原告の債務不履行を理由とする解除は有効であるから、被告の被保全権利は当初から存在しないという点にあり(甲第一号証)、本件仮処分は当初から不当であるとして取り消されたものと認められ、したがって他に特段の事情がない限り、被告の過失が推定され、被告において無過失の立証がない限り、被告は原告に対し、本件仮処分によって被った原告の損害を賠償すべき義務があると解すべきである。

そして、本件各≪証拠≫によれば、被告が残代金の支払いを支払期日までに履行できなかった主たる理由は、資金の準備ができなかったところにあると認められ、中間金の四〇〇〇万円は自己資金で、また、銀行融資は原告の要請があればいつでも実行されうる状態にあった(甲第五号証の一ないし三)とすれば、中間金の支払いが遅れることもないであろうし、また、残代金の支払期限が定められているのであるから、その支払は可能であることを実際に原告に示した上で、調査を継続することも十分にできたであろうこと、原告が住民運動に不安を持ったというのは、本件土地が大変な土地だという匿名電話があり、隣接私道にロープが張られていたことにあるというが、もしその時点で、本件土地を買い受けた目的を達し得ない瑕疵があると判断したのであれば、むしろ被告から解除するのが通常であるが、それはしないで調査をするよう求めており、また、契約解除の期限である昭和六〇年一一月二六日において、なおも調査を求めつつ代金決済を同月三〇日に行いたい旨の申入書(甲第六号証の一〇)を作成提出していることを総合すると、被告は決済資金が準備できないことから、住民の反対運動があることを主張することにより、支払の先送りを図っていたものと推測され、したがって、周辺住民の反対を理由として解除の無効を争うことが困難であることは容易に推測できたはずであり、この点について、被告に過失がなかったと認めるに足りる証拠はない。

ところで、仮に被告が予定しているマンションが周辺住民の反対により建設できないと判断したことが売買残代金の履行をしなかった理由であるとしても、そのことから直ちに右残代金の不払いについて違法性が阻却されるわけではなく、右反対運動によりマンションが建設できないと客観的に認められ、これが本件土地に付着する瑕疵であると判断されることが必要であるから、仮処分を申請するに当たっては、右被告の判断が単に主観的なものではなく、客観的に根拠を有するものであることを調査して行う必要があると解せられるところ、被告代表者は本件土地に関する住民のワンルームマンション反対運動についての調査を原告に依頼し、その返事を待っている間に原告から本件契約を解除する旨の内容証明郵便が配達され、右通知による契約解除の期限である昭和六〇年一一月二六日を経過し、右同日、被告は前記のとおり、代金支払意思を表明しながら原告に住民運動の内容について調査申込みをしており、その後被告において直接本件土地の周辺住民と接触を持ったことはないというのであり(甲第五号証の二、本人調書一八丁、一九丁)、また、本件各証拠を検討しても、被告が仮処分を申請するに当たり、売買残代金の支払いを拒絶しても債務不履行にならない程度の住民の反対運動の存在を根拠づける客観的な資料を有していたと認めるに足りる証拠は見当たらず、したがって、被告が本件仮処分を申請し、原告に本件土地の処分を禁じる仮処分命令を執行したことについて、被告に過失があると認めるのが相当である。

よって、被告は原告に対し、本件仮処分命令を執行したことにより原告が被った損害を賠償する責任があるというべきである。

そして、原告は、被告との契約を解除した後、昭和六一年一月二一日本件土地を京栄商事株式会社に売却する契約を締結した(甲第七号証の一)が、同月二八日、本件土地に被告の処分禁止の仮処分登記がされた(甲第三、第四号証の各甲区欄)ため、その解決に相当の日数を要すると判断し、同年二月二二日、原告が京栄商事株式会社に対し、既に受領した手付金二五〇〇万円を返還し、併せて違約金二五〇〇万円を支払うことで合意解約し(甲第二号証)、同日、被告は原告に対し、右各金員を支払った(甲第七号証の二、三、原告代表者本人調書第一二回弁論三ないし七頁)ことが認められ、右は合意解約ではあるものの、右契約によれば、原告の移転登記の期限は昭和六一年二月二〇日であり、原告に債務不履行があるときは、手付金二五〇〇万円の倍額を違約金として支払うべき約定となっており(甲第七号証の一、同契約書一〇条)、右期限において本件仮処分の執行が継続していたことは前記のとおりであるから、結局、原告は、被告の仮処分のために本件土地の売主の義務を履行できなくなったものと認められ、原告が支払った右違約金二五〇〇万円は、本件仮処分と相当因果関係のある損害と認めるのが相当であるから、被告は原告に対し、不法行為により、右金二五〇〇万円の損害を賠償する義務がある。また、原告は本件仮処分異議事件等の処理のため、弁護士小池通雄に対し、昭和六一年二月一四日、着手金として金一五〇万円、昭和六三年三月一四日、報酬金として金二〇〇万円を支払ったこと(甲第九号証の一、二)が認められ、本件訴訟に提出された右訴訟の関係記録によって認められる訴訟期間、証人尋問の回数、訴訟の難易性などを総合勘案すると、右は、本件仮処分と相当因果関係のある損害であると認められる。

二  損益相殺の可否について

被告の主張は、要するに本件損害発生後、本件土地の時価が上昇したので、結果として本件土地を保有していることにより利益を得ているから、これによって損害は償われているという点にあるが、損益相殺が認められるためには、当該不法行為により、被害者が損害を受けると同時に利益を得、その結果、その損害が填補されることから、その利益を損害から控除するのが相当であると判断されることが必要であり、本件損害は仮処分のために支払いを余儀なくされた違約金等の支出であり、その後本件土地が値上がりしても、これによって右損害が填補されるわけではないから、その金額を確定するまでもなく、損益相殺すべき理由は認められない。

三  過失相殺について

前記のとおり、被告が残代金の支払いを拒み、仮処分を申請した理由が本件土地について周辺住民の建築反対運動にあるとの点は疑問であり、仮に被告の主観的な理由がそこにあるとしても、客観的に建築を不可能とするような反対運動の存在は、本件証拠を検討しても見当たらず、また、原告がかつて反対運動の存在したことを知っていたことを窺わせる証拠は存するものの、それが直ちに本件土地の瑕疵となるものではないのであるから、その詳細を被告に告知しなかったからといって、原告に過失があるということはできない。したがって、被告の過失相殺の主張は理由がない。

四  相殺の抗弁について

原告の請求は不法行為債権であるから、被告は不当利得返還請求債権を原告に対し有しているとしても、これをもって相殺することはできない。原告はその点について明確な主張をしていないが、相殺の主張を争っていること、本件請求が不法行為に基づくものであるとの主張は存在することから、裁判所において、右のように判断しても弁論主義違背にはならない。ただ原告と被告が本件売買契約の際被告が原告に交付した金二〇〇〇万円は中間金であるか、手付金であるかを主要な争点として争っているので、その点を検討すると、本件契約書(甲第六号証の六)には売買代金欄に売買総額(A)、手附金(B)、中間金(C)、残金(D)と別々に印刷され、そのうち手附金欄は空白のままで、中間金欄のうち第1回の欄に、支払期日を右契約日として金二〇〇〇万円とする旨の記載がされており、書面上は、中間金とされている。原告代表者は右二〇〇〇万円が手付金である理由として、右記載は単なるミスであり原告会社においては手付金をとらないことはないこと、契約日に授受される金員であること、原告が被告に対し右二〇〇〇万円を手付金として没収する旨の通知を二度にわたり行ったのに対し、被告から手付金ではないから没収できないとの主張はされていなかったことを挙げており、原告代表者において右金二〇〇〇万円を手付金であると理解し取り扱っていたことは認められる。これに対し、被告は同じ日に明友不動産からも隣接地を購入したが、その売買契約書では手付金欄に代金総額の一割弱の金員を記載した(乙第三号証)のに対し、本件契約書では中間金としたのは、原告が明友不動産の仲介手数料も取得するので、本件土地についてなるべく有利な条件で取り引きしようと考え、敢えて中間金とするよう求めたものであり、その結果原告の信田が既に中間金と記載した契約書を持ってきたので、被告の要求を容れたものと考え、これに署名押印したこと、被告が手付金の返還を求めなかったのは、契約の解除は無効であるとして争っていたからであると述べている(乙第四号証)のであり、そうすると、被告代表者は、本契約締結に当たり、明確に手付金と中間金とを区別して考え、手付金でなく、一〇条の適用を受けない点で利益があると認識していたことになる。しかし、本件仮処分異議事件における被告代表者の認識はこれと食い違っている。すなわち、契約締結に当り話をした際、瑕疵があれば契約書に基づいて処理をするという話が出され、その点について被告代表者は「契約書の中にそれは盛り込んであります。売主の瑕疵の部分があってそれを売った場合は、買主さんにいただいた金の倍を返すとか、逆に私が違反をしたら既に支払った金額については放棄するとかいう項目はありました。」と供述していること(甲第五号証の一、本人調書一五丁)、また同様の質問に対し、「若しこの土地に何かがあったら責任取れるかと質問したことがあります。そうしたら勿論取ります。手付金なり中間金なりの倍返しという別紙契約書の内容があるからご安心くださいという説明をうけました。」と述べていること(甲第五号証の二、本人調書一三丁)から考えると、むしろ、被告代表者は、本件契約において一〇条の適用があるから、後に紛争があっても原告の責任を問えると考えていたものと理解されるのであり(同号証の二、本人調書一〇丁表にも同趣旨の記載がある)、もし本件において手付金の定めがないから一〇条の適用はなく、したがって違反があった場合にその没収又は倍返しの問題は生じないとすると、反対に後に紛争があって原告の責任を問おうとしてもこの規定による違約金の請求ができないことになり、反対に被告に不利な結果となるのであり、そうだとすると、前記乙第四号証の記載は極めて不自然であると言わねばならない。なお、本件契約書を示され、手付金の約束はなかったと理解してよろしいですねとの質問に対し、「はい。こんな短期間の支払条件の場合は手付け金は結構です、東京デザインを信用しましょうということになり…この契約書にと私も同意しました。」(甲第五号証の二、本人調書一二丁)との記載部分があるが、同じ期日の前記記載部分と対比すると極めて疑問であり、また、右金額が記入された時期について、「私の目の前で書いたような気がします。」(同一二丁)と述べている点も含めて、その経緯について、前記乙第四号証の記載とも著しく異なっている。以上の事実を総合考慮すると、被告代表者が本件契約当時、一〇条の適用に関して、手付金と中間金との違いを認識していたとは考えられず、名称はともかくとして、当初に交付される金二〇〇〇万円については、原告に債務不履行があれば、倍戻しをし、被告に債務不履行があれば没収される性質の金員であると理解していたものと認めるのが相当である。したがって、原告が本件契約書一〇条の規定により、右金二〇〇〇万円を収受したことは法律上の原因があり、被告は原告に対し、これを不当利得であるとしてその返還を請求することはできないと解すべきである。

第四結論

以上によれば、原告の被告に対する不法行為に基づく金二八五〇万円及びこれに対する不法行為の日の後であり本件訴状送達の日の翌日である昭和六三年七月二七日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の請求は理由があるからこれを認容し、主文のとおり判決

(裁判官 大塚正之)

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